ようこそヤングドライへ!
創業81周年 ホームクリーニング業一筋で毎年確実に成長・発展しています。クリーニングを通じ清潔生活提案企業として、お客様の満足・お客様の笑顔をモットーに、スタッフ1050名頑張っています。
技あり 富山
原因見極めポンポンポン…
染み抜き技術を確立

床に置かれた大型扇風機がゆっくりと首を振り、ずらりと並んだ着物と帯を順に揺らしていく。着物専用のクリーニング工場「きもの館」(射水市三ケ・小杉)にある乾燥室。100畳ほどのスペースに花鳥風月などが描かれた着物がつるされ、その間を縫うようにして歩きながら、襟元や袖口の汚れが落ちているか、一つ一つ確認していく。その眼差しは鋭く、乾燥室の優雅な雰囲気とは対照的だ。
着物のクリーニングは、溶剤の入った長さ85㌢、奥行き、高さ55㌢の横長の選択槽で優しく降り洗いした後、自然乾燥させ、染みが残っている場合は手作業で落としていく。
乾燥室から、別室にある染み抜きの作業台に移った。まず広げたのは、真っ赤な絹地にピンクの花が鮮やかな女児用の着物。「七五三で着たのかな」。襟、袖に順に目を通し、すそに黒い染みを見つけた。「軽いかびですね。これは」と言い終わらないうちに、スプレーガンで水を吹き付け、専用の布で軽くポンポンポンとたたいた。この作業で余分な水分を取り、輪染みを防ぐ。ドライヤーを当てると黒ずみがすーっと消えた。
その後も、「油性の汚れ」「泥はね」など、それぞれの染みの原因を瞬時に見極め、薬剤を選んでポンポンポン…。見とれるほどの、手際の良さだ。
26歳でヤングドライに入社。30歳の時、洋服のクリーニングから、着物専属となった。当時、着物のクリーニングは外注していたため、福岡県から講師を招き、3人で研修を受けた。10日間の研修を終えると、3人だけが残された。「着物は染めが柔らかく、染み抜きをやり過ぎると着物の色まで落ちてしまう。力の入れ具合や薬品で迷ってしまい、怖くて、泣きながら先生に電話したこともあった」
それから27年。染みの場所や色を見るだけで、やんちゃな子どもが食事をこぼす場面、大切な着物に飲み物をこぼし、慌てて拭き取ろうとした様子など、着物が汚れた情景を思い描けるようになった。気が付くと、ポンポンポン…のリズムも自然と身に付いていた。
しかし、どうしても落ちない染みもある。汚してから月日が経ち黄変した染みや、ひどいかびだ。ただこの場合も“お化粧”をして返すことがある。例えば、花の絵に近い場所なら、花びらと同じ色を染みの上から塗り、分からなくしてしまう。長年の経験で身につけた知恵だ。
工場では、顧客と接するカウンターにも立つ。「子どもに着せた着物なんだけど、孫にも着せたくて」「お母さんの着物に袖を通したいが、染みがあって」―。客のさまざまな思いを聞くのも、大事だと感じているためだ。「ものを大切に使い、次世代に引き継ぐ。私たちの仕事は、日本文化を支えているんです」。仕事への使命感を意識しながら、日々、クリーニングを受け取っている。
2010年(平成22年)1月14日(木曜日) 北日本新聞
飛躍のシナリオ
知恵絞り新サービス

富山・石川・福井・新潟・愛知の5県に、直営と取次店合わせて約650店のクリーニング店を展開する。昨年は原油高騰でボイラー燃料、溶剤、ナイロン包装費などあらゆる経費が跳ね上がり、不況による消費低迷も重なった。そんな逆風下で「価格凍結」を宣言。年間20~30店という新規出店のペースも落とさず、21年8月期は増収増益を確保した。栃谷義隆社長は「客数拡大は成長への大前提。規模の重要性を再認識した」と語る。
低価格・高品質を武器に、県内最大手に成長したヤングドライを支えるのが、積極的な店舗戦略だ。新規出店で客数を増やし、生命線ともいえる工場稼働率を上げることで、価格など顧客サービスに反映させている。
創業以来、県内店舗網の充実を図るほか、56年には金沢市、60年には糸魚川市に進出。平成16年12月には、東海北陸道の全線開通をにらみ、名古屋市にもエリアを広げた。
北陸から離れるため、社員の行き来や物流面でのデメリットもあったが、大都市進出による客数拡大への期待は大きく、加えて「会社のリスク管理上、営業エリアの分散が必要」と判断した。現在までの5年間で名古屋市内に工場3か所、店舗32店を設置し、さらに増やすつもりだ。
工場稼働率を上げるため、もう一つ強化しているのが、車に乗ったままクリーニングの受け渡しができるドライブスルー型店舗の設置だ。こうした店では最短3時間仕上げも打ち出す。どちらも一見、顧客の利便性を追求しているようにみえるが「実は、私達にとってのメリットも大きい」という。
ドライブスルー用の窓口をクリーニングの保管庫に設置することで、従業員は店内受け渡しのように保管庫とカウンターを往復する手間が省け、作業効率が高まる。また3時間仕上げを強調することで、顧客が早めに受け取りにくるようになり、保管庫そのものを縮小することができるという。
ただ、原油高騰、不景気による影響は少なくない。原油高騰による経費拡大は利益を圧迫し、消費者の生活防衛意識の高まりで、持ち込まれるクリーニングの平均単価は下がっている。
そんな中、収益の落ち込みを抑えるために取り組んでいるのが、部門別会計により、全従業員に経営実態を細部まで明らかにする経営手法だ。
具体的には、各店長は毎月の売上高、経費、労働時間などを詳細に洗い出し、翌月の目標とともに従業員に開示する。成果も出ており、電話やコピーを控えるなど、従業員が自発的に経費削減に取り組む姿が見られたという。
今年、創業80周年の節目を迎えた。今月11日には社員やOBら約190人でグアムを訪れ、記念式典を行った。栃谷社長は「これからはクリーニング業の枠にとらわれず、独自のビジネスモデルの構築を目指す」と言う。その一環として、すでに洋服や靴のリフォーム、写真プリントのサービスを始めている。「私達は職人を集め、その技を必要とするものを持ち込んでもらって加工する『労働集約型加工業』。知恵を絞れば、同様の手法で提供できるサービスはまだまだある」とし、新たなステージでの進化を誓う。
2009年(平成21年)11月21日(土曜日) 北日本新聞
ドライクリーニング 安価な光触媒溶液
北陸能開大 異業種3社と開発に成功

魚津市の北陸職業能力開発大学校と、ヤングドライ(富山市)など県内の異業種三社は二十九日までに、光触媒を使った安価な業務用抗菌消臭ドライクリーニング用溶液開発に成功した。
新商品を開発したのはヤングドライとスギノマシン(魚津市)、ベンチャー企業のエーエステー(富山市)。蓮覚寺聖一校長によると、ヤングドライからワイシャツなどにも使える光触媒のドライクリーニング用溶液開発の要望があり、昨年一月から三社で産学連携プロジェクトとして研究を始めた。
スギノマシンは高圧水で超微粒化した二酸化チタンを均質に混ぜ合わせる光触媒水溶液製造を担当。エーエステーは金属ナノ粒子を多孔体の表面に分散させるコーティングを担当した。
来月から700店サービス開始
検査の結果、新溶液は少ない使用量で従来の溶剤と同程度の抗菌消臭加工がある事が分った。使用量が少なくなる分、コストが抑えられる。
ヤングドライでは二月から北陸と愛知県の約七百店舗で、新溶剤を使った抗菌消臭加工を従来の三分の一の価格で開始する。
2009年(平成21年)1月30日(金曜日) 富山新聞
クリーニングじゃない-独自サービスを
経済人 ひとりごと

洗濯場の奥が子どものころ自分の部屋だった。「洗濯屋のよっちゃん」と周囲に呼ばれた小学生時分、作文にはすでに家業のクリーニング店を継ぐ決心を書いていた。「家業を継いだのは、与えられた道なんです」。
一流を選ぶ
学生時代のアルバイト先は「サービス業の頂点というのに接したかった」から、一流と呼ばれるホテルや飲食店を選んだ。そこで学んだのは、顧客最優先の姿勢を貫く企業風土。大手クリーニング企業では効率的な運営を学び、毎月帰省しては実家で報告した。
現会長の父は、富山のクリーニング業界に取次店方式を導入した先駆者だ。同業者からの反発、嫌がらせに苦労しながらも、事業を軌道に乗せた父の姿は今も鮮明に覚えている。
どんなに資材価格が上がっても、「Yシャツ一枚百円」の価格は変えていない。
他社は値上げしたが「景気の減速がはっきりし、お客さんの可処分所得が減る今こそ、低価格は守る」。
縦軸と横軸
顧客が見せに気軽に立ち寄る仕組みも忘れない。ドライブスルー方式や衣服や靴の修理、写真現像、合い鍵成作など挙げればきりがない。これら「来店動機づくり」が社業発展の横軸。これからは、衣類を洗うだけでなく、さかのばってハンガーを成作するまでの縦軸展開を強めたい。
多くの同業者がいる中、ヤマト運輸は独自のサービスの「宅配便」を作った。それと同じく「うちはクリーニングではなく、ヤングドライという独自のサービスを提供したい」。高校生の息子は、自分と同じく小学生の時に家業を継ぐ決心を作文に書いた。その息子にバトンを渡すまで、まだまだ走り続ける。
2008年(平成20年)5月11日(日曜日) 北國新聞・富山新聞
価格凍結 生活防衛宣言
クリーニング値上げ見送り

富山のヤングドライ
クリーニングチェーンの北陸地方最大手、ヤングドライグループ(富山市)は、今春のクリーニング料金の値上げを見送ることを決めた。
春の衣替えシーズンはクリーニングの需要期だが、相次ぐことから利用者の負担を考慮して「凍結宣言」した。ヤングドライにとっても原油高に伴うクリーニング溶剤(洗剤)などの値上げで収益性は厳しいが、マイバッグ導入によるレジ袋削減などによるコスト低減で吸収する。
ヤングドライは原油高に伴う溶剤やハンガー、ナイロン包装などの仕入れ価格上昇で値上げを検討していた。こうした中、一昨年から始めたレジ袋削減が顧客の半数となり、集合包装も全体の20%越になった。今後も経費削減を進めることで現状価格を維持する。
レジ袋袋は四月一日から有料化し、マイバック利用を促進する。
2008年(平成20年)3月22日(土)
16万人にマイバッグ配布
ビニール袋の使用削減

ヤングドライ(富山市)は九月下旬から、北陸三県などの全会員約十六万人にマイバッグ=写真=を配布する。レジ袋などの減量努力を小売業者などに求める改正容器包装リサイクル法の施行を先取りし、持ち帰り用ビニール袋の使用量20%削減を目標に掲げた。同社によると、大手クリーニング業者で同様の取り組みを行なうのは初めてという。
環境対策として同社はハンガーの回収や、クリーニング後の衣類を客単位で一枚のビニール袋に包装する「集合包装」を一部店舗で実施している。しかし、機械用の重油価格は二年前の1.55倍、クリーニングに用いる石油系溶剤価格も二年前の1.3倍に高騰したこともあり、年間約百三十万枚のビニール袋消費量をさらに削減することで、コストダウンと省資源化を進めることにした。
マイバッグ配布は、取次店を含む全七百店舗で行う。
2006年(平成18年)9月16日(土曜日) 北國新聞
衣類預かり-好調
富山に保管庫新設
クリーニング業のヤングドライグループ(富山市)は三月二十一日から北陸三県で新規に始めた衣類保管サービスが予定を上回る利用状況になってきたため富山市堀川小泉の南支店内に三県分を一時的に預かる保管庫を新設した。
保管庫は出荷、検品場を含め百二十平方メートル。約一万五千点が保管でき、衣料専門に湿度・温度管理がしてある。衣類保管サービスは春に必要でなくなった衣類を秋まで預け、自宅に無料で配達するサービス。現在、全体の七割が利用し五千点を扱っている。最終的に当初予定の三倍の一万点を越す見込みになったため保管庫を新設した。
2002年(平成14年)5月31日(金曜日) 富山新聞
光触媒加工を開始
抗菌、消臭効果を見込む
クリーニングのヤングドライグループ(富山市)は二十五日から、富山四ツ葉工場で繊維製品に抗菌、消臭、汚れ防止効果を持たせる光触媒加工を開始した。同加工は繊維メーカーで商品開発されているが、クリーニング工程の後加工に取り入れるのは大手クリーニング業者では初めて。
従来の抗菌加工は殺菌剤が気化や流出して初めて効果が現れ、使用ごとに効果が減少していた。光触媒加工は口紅や歯磨き粉などの中で使われている二酸化チタンを主成分とする安全な液剤をクリーニング最終段階で衣類などに吹き付ける。
ヤングドライでは抗菌効果を表示するのに必要な静菌活性値2.2以上を日本科学繊維協会の検査で5.8を達成できたことから、光触媒加工に踏み切った。
光触媒加工はタバコ臭や体臭が衣類につきにくく、アトピーの二次感染予防、ダニ抑制、カビ防止などに効く。病院、老人介護施設、食品加工などの壁や床などに施されているが、ヤングドライでは調理服、シーツ、タオルなどの寝具類や衣類全般、カーテン、玄関マットなど幅広い需要があるとみている。
光触媒加工は北陸三県の取次店などで超消臭加工として受け付けし、富山四ツ葉工場で集中加工する。通常の加工費とほぼ同額を上乗せした料金になり、同社では初年度の売上高は全体の1%以内の三千万円を見込む。
2002年(平成14年)11月26日(火曜日) 富山新聞
経済人 胸の内外
ヤングドライ社長(現会長) 栃谷 義雄氏
石川県で営業基盤を築いたという手応えがある。しかし、発祥の地である富山県のようにダントツではなく、知名度もまだ高くない。これからは石川県で重点投資する方針だ。
目標は、石川県でも店の看板に「クリーニング」の文字を入れなくても、社名とアヒルのキャラクターだけで分かってもらえること。「自信はありますよ。お客さんを味方に付けますから」。
組合を脱退
同業他社との付き合いが一切ない。御用聞き商法が主流だった一九六六(昭和四十一)年に、取次店を募集して営業拠点を増やし、同業他社から猛反発を受けた。
会社に黒い花輪が送り付けられたり、税務署に脱税をしているかのような投書が送り付けられるなど、「理不尽なこと」が続き、ついに富山県環境衛生同業組合を脱退した。
「周りをみんな敵にしたから、頼れるのはお客さんだけになった。どうしたらお客さんが来てくれるかどうか、それだけを考えるようになりました」
取次店を次々と開拓することで効率を上げ、低料金と独自のサービスを打ち出した。
形状記憶の衣類が普及すると、Yシャツ一枚の料金を百円に引き下げた。シャツを畳んで顧客に戻す手間を省くため、ハンガーにぶら下げる手法に変えてコストを削減した。返却時にボタンが破損していれば、無料で取り付ける「業界のタブー」にも踏み切った。
業界に背を向けたことでしがらみがなくなり、「商いの原点に戻ることができた」と感じている。
選ばれる喜び
売り上げは前年を割ったことがない。かつて、その原動力は業界に対する反発だったが、今は顧客が自分の店を選んでくれる喜びの方が勝る。
企画担当の社員には月に一つは集客のアイデアを出すよう発破をかける。光触媒を取り入れた抗菌・防臭加工、車に乗ったまま洗濯物を受け渡しできるドライブスルーをはじめ、写真の現像や刃研ぎ、傘の修理も始めた。
「悲壮感はゼロですわ」と笑い飛ばす楽天家である。富山の空襲で店も家も焼け、一から出直した父の苦労を思うとつらいとは言っていられない。
中学生のころから、父が始めた旭屋クリーニング商会を手伝ってきた。友達と遊ぶ約束があっても、配達を優先して自転車で回り、報酬として小遣いを受け取っていた。「家の仕事をするのは当たり前だと思っていた。洗濯屋一筋ですよ」
2003年(平成15年)9月5日(金曜日) 富山新聞
呉羽支店の営業開始
国内初のレジシステム
ヤングドライ(富山市)は十三日、富山市北二ツ屋にテクニカルセンターと呉羽支店を開設し、営業を開始した。支店のレジで受け付けた衣類点数などの情報を基に出荷前に顧客別に衣類が自動分配されるなど、レジ情報を作業工程に生かす国内初のシステムを導入した。
テクニカルセンターでは光触媒による抗菌、消臭、汗抜きなど独自技術の加工に対応する。光触媒の抗菌ルームを設けて衣類保管も行う。呉羽支店は十三店舗目の支店となり、ドライブスルーを採用した。栃谷義雄社長ら五人がテープカットし、営業開始を祝った。
2004年(平成16年)2月14日(土曜日) 富山新聞
布団宅配を全国展開
刃研ぎ、傘修理も拡大
ヤングドライ(富山市)は布団の宅配を全国に拡大したほか、二十一日から宅配を利用した刃研ぎ・傘の修理を始める。ヤマト運輸(東京)の配送網を活用する。
布団の宅配は富山、石川、福井、新潟県内だけだったが、利用者の増加や、今春、名古屋に進出したのを機にエリアを広げた。年間五千件から一万件に増加を見込む。布団宅配袋を店頭で購入した場合は六千九十円、電話で注文を受け、布団袋を自宅に届ける方法が六千九百円。
刃研ぎと傘修理は従来、店頭のみの受け渡しとしていた。今後は店頭に預ければ、仕上がり後に希望の場所に送ることができる。今後、店舗以外にも窓口を拡大していく考えだ。それぞれ年間三千本を見込む。宅配料金は二本で千九百円、三本で二千六百円。
2005年(平成17年)7月22日(金曜日) 富山新聞
